| 初 代 |
茶問屋惣兵衛 |
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8代将軍徳川吉宗の命を受けた土木技術者、井沢弥惣兵衛為永による見沼通船開通で近隣物資の集散地として栄えた現在地に、幕末のころ荒物屋を開業する。屋号 新家又は渋惣と言われる。 |
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| 2代目 |
平澤林之助 |
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商才にたけ、朝早くから働き、近隣の町の同業者が仕入れに来るようになり荒物屋として栄えた。 |
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| 3代目 |
平澤常三郎 |
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東京法学院(現中央大学)を卒業後、東京で色々な商売をするが、ことごとく失敗する。
あきらめて菖蒲に戻り馬車を始めこれが成功し、菖蒲車庫株式会社を起業し、乗合いバスを始め菖蒲ー久喜、菖蒲ー桶川ー川越、所沢ー川越ー浦和などへ路線を拡大する。映画館、タクシー事業をも行う。埼玉県県議会議員も務めた。 |
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| 4代目 |
平澤確男 |
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志なかば28歳にて逝去する。 |
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| 5代目 |
平澤弘男 |
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明治大学商学部を卒業後平澤商店を継承しながら、専売公社
指定元売会社、東武塩業株式会社代表取締役を勤める。 |
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| 昭和30年4月5日 |
現在の有限会社平澤商店を設立 |
| 昭和48年7月 |
平澤食産有限会社を設立 |
| 昭和55年10月 |
有限会社平澤石油を設立 |
| 菖蒲町商工会長、菖蒲町議会議員、久喜ロータリークラブ会等も務めた。 |
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| 6代目 |
平澤道男 |
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日本大学法学部法律学科を卒業後、有限会社平澤商店に入社。
荒物、塩、雑貨の小売、卸等から、LPガスの販売に力を入れる。
(社)久喜青年会議所7代目理事長、菖蒲中学校PTA会長
久喜地区消防組合消防団副団長、菖蒲町議会議会議員、22代菖蒲町議会議長等を歴任する。 |